はじめに――最高指導者・大統領・IRGC――本当の権力構造は?
ニュースを見ていると、私たちはごく普通に、
- 「イランが攻撃した」
- 「イランが交渉を拒否した」
- 「イランがホルムズ海峡を封鎖した」
といった表現を使います。
もちろん、国家間の出来事を伝えるニュースとしては間違いではありません。
しかし現在のイランを調べていくと、私は一つの疑問を抱くようになりました。
その「イラン」とは、いったい誰なのか?
- 大統領なのか?
- 最高指導者なのか?
- 革命防衛隊(IRGC)なのか?
- 最高国家安全保障会議なのか?
- それとも、私たちからは見えていないだけの別の権力集団なのか?
この疑問は、2026年の戦争を追っていくと、決して言葉遊びでは済まなくなってきます。
1.2026年2月28日、イランという国家が大きく揺れた
現在のイランを理解するうえで、まず押さえておかなければならない日があります。
2026年2月28日です。
米国とイスラエルによる大規模な対イラン攻撃が始まりました。
そして、この攻撃によって1989年以来イランの最高指導者を務めてきたアリー・ハメネイ師が死亡しました。
国防相や革命防衛隊の最高幹部を含む多数の軍事指導者も失われました。イランは直ちにイスラエルだけでなく、米軍基地が置かれている湾岸諸国などへ大量のミサイルとドローンによる反撃を開始します。
ここから現在まで続く戦争が始まりました。
しかし、この記事で注目したいのは戦況そのものではありません。
イラン国内で何が起きたのか。
という点です。
最高指導者とは、日本の首相や米国大統領とはまったく違います。
イラン・イスラム共和国では「法学者の統治(ヴェラーヤテ・ファギーフ)」という体制のもと、最高指導者が軍を含む国家の重要な権限を握っています。
憲法上も最高指導者は軍の最高司令官です。
そしてイランには通常の国軍である“アルテシュ(Artesh)とは別に、イスラム共和国という政治体制そのものを守るイスラム革命防衛隊(IRGC:Islamic Revolutionary Guard Corps)”が存在します。
つまり、
国を守る軍隊と、体制を守る軍隊が並立している。
これがイランという国家を理解する最初のポイントです。
2.父ハメネイの死後、息子モジタバが最高指導者になった
アリー・ハメネイの死後、最高指導者となったのが息子のモジタバ・ハメネイです。
形式上だけを見れば、
アリー・ハメネイ
↓
モジタバ・ハメネイ
へ権力が継承されたことになります。
しかし、ここから話が複雑になります。
父アリー・ハメネイは1989年以来、約37年間にわたり最高指導者として君臨してきました。
その長い年月の中で、宗教界、軍、情報機関、司法、政治組織などに巨大な人的ネットワークを形成していました。
ところが息子のモジタバには、その約37年間の蓄積がありません。
Reutersは3月、モジタバについて、父親が持っていたような自動的ともいえる権威を持っておらず、革命防衛隊との強い関係を背景に最高指導者へ選ばれたため、むしろIRGCへの依存が強まる可能性を指摘しています。
ここで非常に重要な変化が起きます。
これまでなら、『最高指導者 →イスラム 革命防衛隊(IRGC)』という関係が比較的わかりやすかった。
ところが現在は、『最高指導者 ↔イスラム革命防衛隊( IRGC)』という相互依存に近づいている可能性があります。
しかも革命防衛隊そのものも、単純な一枚岩ではありません。
3.革命防衛隊は「一つの軍隊」と考えると見誤る
IRGCには陸・海・航空宇宙部門があり、国外工作を担うコッズ部隊、国内動員・治安維持に大きな役割を持つバシージ、情報・サイバー部門など巨大な組織群が存在します。
さらに経済活動にも深く関与しています。
そして現在の戦争で重要なのが、IRGCが長年構築してきた“「モザイク型」の指揮構造”です。
最高幹部が死亡しても代替指揮官があらかじめ用意され、各部隊が既定の計画に基づいて一定程度独立して行動できる構造だとされています。
実際、2026年2月28日の攻撃では多数のIRGC最高幹部が殺害されたにもかかわらず、組織そのものは崩壊せず、戦争を継続しました。
これは軍事組織として考えれば非常に合理的です。
敵から司令部を攻撃されても戦えるからです。
しかし、ここには別の問題があります。
戦時に生き残るための分散型指揮構造は、政治による統制という観点から見た場合、どう機能するのかというものです。
この疑問が、現在のイランを理解する重要な入口になると考えています。
4.大統領は「イランの最高権力者」ではない
現在の大統領はマスード・ペゼシュキアンです。
選挙によって選ばれた人物ですから、外国から見るとペゼシュキアン大統領が「イラン政府のトップ」に見えます。
しかし、イランでは大統領=最高権力者ではありません。
Reutersが3月に整理した現在の権力構造では、ペゼシュキアンは国民から直接選ばれた最上位の政治家として重要な発言力を持つ一方、その影響力には明確な限界があります。
その象徴的な出来事が、戦争初期にありました。
ペゼシュキアン大統領が湾岸諸国に対するイランの攻撃について謝罪したところ、IRGC側から強い反発を受け、その発言を部分的に修正することになったのです。
ここで、少し奇妙な構図が見えてきます。
国家の大統領が、「申し訳なかった」と言う。
しかし軍事組織が、「それは違う」と反発する。
そして大統領側が発言を修正する。
通常の「政府が軍を指揮する国家」という感覚だけでイランを見ると、この関係は理解しにくいと思います。
5.さらに内部には「交渉派」と「強硬派」が存在する
ところが、ーペゼシュキアン政権 vs IRGCーという二つの勢力だけで整理しても、まだ不十分です。
7月末の情勢分析では、少なくとも三つの政治的方向性が指摘されていました。
一つは、IRGCを中心としてホルムズ海峡を強力な交渉カードとして利用しようとする勢力。
もう一つは、ペゼシュキアン大統領、アッバス・アラグチ外相、国会議長モハンマド・バーゲル・ガリバフらを含むとみられる、交渉と妥協によって出口を探ろうとする勢力。
そしてもう一つが、米国との交渉そのものに強く反対するパイダリ(安定)戦線などの超強硬派です。
重要なのは、これらが必ずしも「親米派 vs 反米派」ではないことです。
交渉を支持する側も、イランの安全保障上の利益やホルムズ海峡における影響力を放棄しようとしているわけではありません。
目的そのものより、「どうやって目的を達成するのか」で争っている。
ここを間違えると、現在のイラン内部の対立を理解できなくなります。
6.戦争の裏側で、もう一つの危機が進行している
そして、軍事・政治以上にイスラム共和国を揺さぶっているものがあります。
経済と国民生活です。
イランは戦争以前から、高インフレ、通貨安、エネルギー不足、経済制裁などの問題を抱えていました。
そこへ戦争による工場、発電所、交通インフラなどへの被害、貿易の停滞、原油収入減少が重なりました。
2026年7月の年間インフレ率は66%。
消費者物価は前年同月比87.9%上昇。
食料価格に至っては前年同月比128%上昇したと、イラン統計センターの数字をReutersが報じています。
しかも2026年1月には、経済的困窮を背景とする全国的な抗議運動が発生し、IRGCとバシージによって鎮圧されています。
つまり現在の指導部が恐れているのは、米軍やイスラエル軍だけではありません。
もう一つの戦場は、イラン国内にあるのです。
7.それでも外交の扉は閉じていない
ここが現在のイランの非常に興味深いところです。
これだけ激しい戦争を続けながら、一方では外交交渉が続いています。
9月12日のBRICS首脳会議では、イランとUAEがともに中東戦争の抑制、民間人保護、主権尊重、海上交通の安定などを求める共同声明を支持しました。
さらにペゼシュキアン大統領は、アブダビ皇太子と開戦以来最高レベルとなる会談を行っています。
ところが、そのほぼ同じ時期…
ホルムズ海峡では革命防衛隊(IRGC)が商船への攻撃を続ける一方で、敵から2~3か所攻撃されれば20か所を攻撃すると警告しています。
さらに紅海方面では、IRGCがフーシ派による攻勢を直接指導していたとの報道まで出ています。
外交と軍事行動が、同時進行しているのです。
だからこそ、最初の疑問に戻ります。
「イランがやった」…?
そのイランとは誰なのか…?です。
8.ここから「イランの内側」を解剖してみる
ここまでを整理すると、現在のイランには少なくとも、
- 最高指導者モジタバ・ハメネイ
- 大統領ペゼシュキアンと政府
- 最高国家安全保障会議
- 正規軍アルテシュ
- 革命防衛隊(IRGC)とその内部の各軍・コッズ部隊・情報機関
- バシージ(Basij)
※その歴史は、IRGCとは別に初代最高指導者のホメイニ師の命令により1979年に設立された民兵組織がルーツ。後にIRGC傘下に組み込まれたものの独自色の強い組織。 - 国会と保守・超強硬派
- 宗教指導層
- そして経済的困窮と戦争に直面する国民
という複数の力が存在しています。
しかも、それぞれが完全に同じ方向を向いているとは限りません。
1979年のイスラム革命から47年。
アリー・ハメネイという巨大な権力の中心を失ったイスラム共和国は、戦争という極限状態の中で新しい権力均衡を作ろうとしているようにも見えます。
では――
現在、本当にイランを動かしているのは誰なのか。
ここから、イスラム共和国という国家を一つずつ分解してみたいと思います。
9.まず「イラン政府」と「イラン国家」を分けて考える
ここから、少しイランという国家の中へ入ってみましょう。
日本では「イラン政府」という言葉がよく使われます。
しかし、イランについて考えるとき、この言葉には少し注意が必要です。
なぜなら、私たちが普通「政府」と聞いて想像する大統領や閣僚だけでは、イランという国家の意思決定を説明できないからです。
極端に単純化すると、現在のイランには二つの権力体系が重なっています。
一つは、国民 → 選挙 → 大統領・国会という、私たちにも比較的わかりやすい政治の仕組み。
もう一つは、イスラム共和国という体制そのものを守るために作られた権力体系です。
そして、この二つの上に最高指導者が存在します。
イラン憲法第110条では、最高指導者に軍の最高司令権、宣戦・和平・軍の動員、革命防衛隊を含む軍上層部の任免など、非常に大きな権限が与えられています。
つまり大統領が選挙で選ばれても、軍を自由に動かせるわけではありません。
ここが、日本や米国の政治制度とは決定的に違います。
10.イランには「二つの軍」がある
この国家構造を象徴しているのが軍です。
イランには2つの軍が存在しています。
1.正規軍(Artesh/アルテシュ)
2.イスラム革命防衛隊(IRGC)
同じ国に、巨大な軍事組織が二つ存在しているのです。
なぜ、このような構造になったのでしょうか。
理由は1979年のイスラム革命まで遡ります。
革命によってパーレビ王朝は倒れました。
しかし、新しいイスラム共和国から見れば、既存の軍隊はもともと国王に仕えていた組織です。
本当に新体制へ忠誠を誓うのか。
革命指導部には、その不安がありました。
そこで革命後、新体制そのものを防衛するための軍事組織として作られたのが革命防衛隊です。
簡単に表現すれば…
アルテシュは「イランという国」を守る軍。
IRGCは「イスラム共和国という体制」を守る軍。
もちろん現実には任務は重なりますが、この成立過程の違いを知っておくと、現在のイランが非常に理解しやすくなります。
11.「イスラム革命防衛隊IRGC」は軍隊だけではない
そして、ここが重要です。
革命防衛隊を単なる「イラン版の陸海空軍」と考えると、実態を大きく見誤ります。
IRGCには…
- 陸軍
- 海軍
- 航空宇宙軍
- 国外作戦を担うコッズ部隊
- 国内動員組織のバシージ(Basij)
※IRGCの傘下とされているが、歴史的には、IRGCとは別に1979年にホメイニ師の命令で創設された経緯もあり、現在は傘下にあるものの「独自性の強いIRGC傘下の組織」という理解が実態に最も近い。 - 情報部門
- サイバー関連組織
…などがあります。
しかし、それだけではありません。
建設、石油・ガス、通信、物流などの経済活動にも、革命防衛隊やその関連組織は長年深く関与してきました。
代表的なのが巨大建設企業体ハタム・アル=アンビヤ建設本部です。
道路、ダム、石油・ガス施設など国家の重要インフラ事業へ関与し、IRGCは軍事組織であると同時に巨大な経済ネットワークを持つ存在になりました。
つまりIRGCは…
- 軍事力
- 情報力
- 治安維持能力
- 経済力
- 政治的影響力
…まで持っています。
ここまで来ると、「軍」という日本語だけでは少し足りません。
イスラム共和国の内部に存在する、巨大な国家内国家に近い性格を帯びています。
12.では、大統領は何を決められるのか?
ここでペゼシュキアン大統領へ戻ります。
「それほど最高指導者とIRGCが強いのであれば、大統領は飾りなのか?」という疑問が出てきますが、そう単純でもありません。
大統領は行政の最高責任者として、経済政策、予算、外交、行政機構などに大きな影響力を持っています。
外相を通じて外交交渉を行うのも政府です。
だからペゼシュキアン政権が米国や湾岸諸国との交渉を進めること自体は、おかしなことではありません。
問題はその先です。
外交で何かを約束したとしても、
その約束に軍事組織が従わなければ、国家として約束を履行できません。
逆に軍事組織が先に行動すれば、
外交側が、その結果を背負わされることになります。
ここで政治と軍事の境界が非常に重要になってきます。
13.最高国家安全保障会議――二つの世界をつなぐ場所
その調整役となるのが…
最高国家安全保障会議(SNSC:Supreme National Security Council)
です。
ここには大統領、国会議長、司法府長官、軍関係者、政府閣僚など国家安全保障に関係する主要人物が集まります。
制度だけを見れば非常に合理的です。
政府と軍が別々に動かないよう、安全保障政策を調整する場所だからです。
しかし、ここにもイラン独特の仕組みがあります。
最高国家安全保障会議の決定は、最終的に最高指導者の承認を必要とします。
つまり…
- 大統領
- 政府
- 軍
- IRGC
- 司法
- 議会
…などが協議しても、その上には最高指導者がいる。
制度上は、ここで国家意思が一本化されるはずなのです。
14.ところが現在、その一本化が本当に機能しているのか?
ここからが、この記事で最も気になっている部分です。
2026年の戦争を時系列で追っていくと、政治指導部の発言と、軍事行動がきれいに一致していない場面が見えてきます。
- ペゼシュキアン大統領は外交的出口を探る。
- 外相は交渉する。
- 湾岸諸国との関係改善を模索する。
- 最高国家安全保障会議も国家としての方針を調整する。
- ところが、その一方で軍事行動が続く。
- 商船への攻撃が起きる。
- 湾岸諸国への攻撃が起きる。
- フーシ派を通じた軍事行動も続く。
- そして相手側から報復される。
- すると外交環境は再び悪化します。
ここで私は、非常に素朴な疑問を持ちます。
その攻撃は、誰が決めたのか?
- 最高指導者なのか?
- 最高国家安全保障会議なのか?
- ペゼシュキアン政権なのか?
- IRGC最高司令部なのか?
- それとも、さらに下の現場(の暴走)なのか?
15.IRGCの強さが、逆に統制の難しさを生む
革命防衛隊は、指揮官を失っても戦えるよう、長年にわたり分散型の指揮能力を構築してきました。
軍事的には理にかなっています。
例えば敵がテヘランの司令部を攻撃したとします。
「本部から命令が来ません」
と言って全部隊が停止してしまえば、軍隊として致命的です。
そこで…
- 通信が切れても戦える。
- 上級司令官が死亡しても戦える。
- 現地指揮官が一定の判断を下せる。
…という組織を作る。
これは強靱な軍隊を作るうえで大きな長所です。
ところが、この長所には裏側があります。
中央政治が、「ここで攻撃を止めたい」と考えたときです。
戦争を継続するために与えられた現場の裁量が大きければ大きいほど、政治側が軍事行動を完全に制御することは難しくなります。
さらに現在は、約37年間最高指導者だったアリー・ハメネイがいません。
新しい最高指導者モジタバ・ハメネイは、父親と同じ政治的権威を最初から持っているわけではありません。
ここに…
- 戦争
- 指導者交代
- IRGC幹部の大量喪失
- 分散型指揮
という四つの条件が同時に重なっています。
16.「政府 vs IRGC」でも説明できない
しかし、ここでもう一段深く考える必要があります。
仮に軍事行動が政府方針と一致していなかったとしても、
「IRGCが勝手にやった」と結論づけるのは早すぎます。
なぜなら、IRGC自体が巨大組織だからです。
- IRGC最高司令部
- 陸軍
- 海軍
- 航空宇宙軍
- コッズ部隊
- 情報部門
- 各地域司令部
- バシージ(Basij)
…それぞれ任務も指揮系統も違います。
さらに戦争によって上級指揮官が相次いで死亡し、後任が次々と任命されています。
だとすれば、本当に確認しなければならないのは、
「政府はIRGCを統制できているのか?」だけではありません。
もう一つあります。
「IRGC中央司令部は、IRGC全体を完全に統制できているのか?」です。
この二つは、まったく別の問題です。
17.ここで一つ、歴史から思い浮かぶものがある
この構造を調べていて、私はどうしても一つの歴史を思い浮かべます。
戦前の日本です。
特に、関東軍です。
もちろん、現在のIRGCと旧日本軍の関東軍を同一視することはできません。
成立した歴史も、政治制度も、軍事組織も、思想も、置かれている国際環境も違います。
しかし、比較してみる価値がある構造があります。
それは…
現場の軍事行動が先に起き、その既成事実によって中央政府の外交的選択肢が狭くなっていく
…という現象です。
1931年の満州事変では、関東軍の一部将校が柳条湖事件を起点として軍事行動を拡大しました。
東京の中央政府が最初から満州全域の占領計画を国家政策として決定し、それを忠実に実行したという単純な話ではありません。
- 現場で軍事行動が進む。
- 既成事実ができる。
- 中央政府が追認する。
- さらに軍事行動が進む。
そして外交的に後戻りすることが難しくなる。
この構造です。
18.もし現在のイランでも同じ現象が起きているなら
ここからは、まだ仮説です。
現在のイランで…
- 政府が外交交渉を行う。
- 軍事組織の一部が攻撃する。
- 相手国が報復する。
- 国内で「敵に屈するな」という世論や政治圧力が強まる。
- 政府が妥協できなくなる。
- さらに軍事行動が起きる。
という循環が存在するのであれば、
これは非常に危険です。
なぜなら、戦争を始める意思を持つ者と、戦争を終わらせる権限を持つ者が一致しなくなる可能性があるからです。
国家にとって、これほど危険な状態はありません。
そして現在のイランを見るうえで、
「強硬なイラン」
「穏健なイラン」
という単純な分類より、
誰が何を決定できるのか。
誰が誰を統制できるのか。
という視点の方が、はるかに重要なのではないかと見ています。
イラン・イスラム共和国の現在地を考えるとき、本当に見るべきなのは国境の外だけではありません。
いま最も重要な戦線の一つは、イランという国家の内側にあるのかもしれません。
19.最高指導者は「戦前日本の天皇」に似ているのか?
ここでもう一つ、歴史的な比較をしてみたいと思います。
イランの最高指導者について調べていると、私は戦前・戦中の日本における天皇と軍の関係を思い浮かべます。
もちろん、「イラン最高指導者=戦前日本の天皇」という意味ではありません。
宗教的根拠も、憲法制度も、国家の成立過程もまったく違います。
しかし、比較してみると興味深い共通点があります。
それは、国家の頂点に軍の最高指揮権を持つ権威が存在しているという点です。
戦前日本では、大日本帝国憲法第11条に「天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス」と定められていました。
一方、イランでも最高指導者は軍の最高司令官であり、宣戦・和平・動員や軍上層部の任免など非常に大きな権限を持っています。
制度だけを見れば、どちらにも強力な最高軍事権威が存在します。
しかし問題は、その次です。
最高司令官であることと、軍のすべての行動を直接命令していることは同じではありません。
戦前日本でも、昭和天皇が一つ一つの作戦を自ら立案し、各部隊へ直接命令していたわけではありません。
参謀本部、軍令部、陸軍省、海軍省、各方面軍など巨大な軍事官僚機構が存在していました。
そして、その最も極端な例の一つが関東軍でした。
- 現地軍が軍事行動を起こす。
- 既成事実が作られる。
- 東京の中央政府や軍中央が対応を迫られる。
- 結果として国家全体が、その軍事行動によって外交的選択肢を狭められていく。
ここに、現在のイランを考えるヒントがあるように思います。
イランにも最高指導者という軍最高司令官(最高権威)が存在します。
しかし、その下にはIRGCという巨大組織があります。
さらにIRGC内部には陸軍、海軍、航空宇宙軍、コッズ部隊、情報部門、地域司令部などが存在します。
そこで問わなければならないのは、「最高指導者が軍最高司令官である」という制度上の事実だけではありません。
「最高指導者は、実際にどこまで軍事組織を統制できているのか?」という問題です。
特に現在は、約37年間最高指導者だったアリー・ハメネイが死亡し、息子モジタバへ最高指導者が交代したばかりです。
父親が長年築いてきた人的ネットワーク、宗教的権威、軍との関係まで、そのまま息子へ継承されたとは限りません。
もし、制度上の最高権力と、実際に軍事組織を動かす権力の間に隙間が生じているのであれば、現在のイランで起きている一見矛盾した行動の一部を説明できるかもしれません。
ただし、ここではまだ仮説にとどめます。
本当にそうなのか。
次に、実際の戦争中に起きた出来事から検証してみたいと思います。
20.そして7月、奇妙なことが起きた
ここまで考えてきたことを、実際に起きた出来事に当てはめてみます。
2026年6月、長期化する戦争を止めるため、米国とイランの間で暫定的な合意形成が進みました。
ところが7月、ホルムズ海峡で商船3隻が攻撃されます。
問題は、攻撃そのものだけではありません。
後に報じられたイラン内部の証言によれば、ペゼシュキアン大統領は事前にこの攻撃を知らされていませんでした。
驚いた大統領はIRGC最高司令官アフマド・ヴァヒディに確認します。
ところがヴァヒディも、自分は承認していないと答えたとされています。
さらに最高国家安全保障会議も事前に知らされていなかったと報じられました。
もし、この証言が正しいのであれば、かなり重大なことです。
- 大統領が知らない。
- 国家安全保障政策を調整する最高国家安全保障会議も知らない。
- そしてIRGCの最高司令官まで、自分は命令していないという。
それでも攻撃は実行されたのです。
では、誰が命令したのでしょうか。
報道では、米国との妥協に反対するホセイン・タエブ周辺の強硬派が関与した可能性が指摘されています。
ただし、ここは慎重に考える必要があります。
これらの証言だけでは、最高指導者モジタバ・ハメネイまで知らなかったとは確認できません。
また、表向き「知らなかった」とされている人物が、本当に何も知らなかったのかも外部から完全には検証できません。
したがって、「強硬派が完全に独断で戦争を再開させた」と断定することも、現段階ではできません。
しかし、少なくとも、イラン内部で通常想定される意思決定過程とは異なる軍事行動が存在したとの証言が出ている。
この一点は、非常に重いものです。
21.誰が戦争を終わらせることができるのか
ここまで調べて、私が最も気になったのは「誰がイランを支配しているのか」という問いではなくなりました。
もっと切実な問題です。
誰なら、この戦争を終わらせることができるのでか?ということです。
外交官が合意しても、それを軍事部門が受け入れなければ停戦は成立しません。
軍中央が停止を決めても、その命令が末端まで届かなければ砲火は止まりません。
最高指導者が決断したとしても、それを実行させるだけの実効的な権威を持っているのかという問題が残ります。
逆に強硬派による行動が、実は最高レベルで黙認されたものなら、見えてくる姿はまったく違います。
つまり現在のイランには、大きく二つの可能性があります。
一つは、表面上は内部対立しているように見えても、最終的には最高指導部が強硬派の行動を許容し、交渉と軍事圧力を使い分けている可能性。
もう一つは、本当に指揮統制に亀裂が生じ、複数の権力主体が異なる判断で動き始めている可能性です。
前者なら、これは危険な瀬戸際外交です。
しかし後者なら、問題はさらに深刻です。
相手国が「テヘランと合意すれば戦争は止まる」と考えること自体が成立しなくなるからです。
22.関東軍との比較で、本当に怖いのはここだった
先ほど私は、現在のイランと戦前日本を比較しました。
ここまで調べてみると、比較すべきポイントがもう少し明確になります。
それは思想でも、国家体制でもありません。
既成事実を作ることのできる武装組織が、政治の選択肢そのものを変えてしまう危険性です。
満州事変以降の日本でも、現地で進んだ軍事行動を後から中央が処理しなければならない局面が繰り返されました。
- 軍事的成果を撤回すれば国内から批判される。
- 維持すれば外交関係が悪化する。
- さらに軍を進めれば、次の既成事実が生まれる。
こうして選択肢が一つずつ失われていきます。
現在のイランで同じことが起きている、と断定するつもりはありません。
しかし7月のホルムズ海峡での出来事が報道どおりだったのであれば、警戒すべき構造は確かに見えてきます。
そして、ここで戦前日本とのもう一つの比較も意味を持ってきます。
制度上、軍の頂点には最高権威がいる。
しかし、その存在だけでは軍事組織の実効的統制を証明できない。
権限を持っていることと、その権限が末端まで機能していることは別問題なのです。
23.それでもイランは崩壊しているわけではない
ここで一つ、誤解してはいけないことがあります。
内部に亀裂がある可能性と、国家が崩壊していることは同じではありません。
現在もイラン政府は外交を行っています。
9月12日のBRICS首脳会議では、イランとUAEがともに自制、民間人保護、主権尊重、海上交通の安定を求める共同声明を支持しました。
ペゼシュキアン大統領とUAEのハーリド皇太子との会談も行われています。
つまり、戦争を拡大させないための政治回路は残っています。
一方、ホルムズ海峡の船舶交通は開戦前の水準を大きく下回り、9月13~14日の週末には商品輸送船の通航が極端に少ない状態となりました。
さらにフーシ派によるサウジアラビアへの攻撃も続き、戦火はイラン国境の外へ複雑に広がっています。
政治は出口を探している。
しかし軍事的圧力は消えていない。
この二つが同時に存在しているのが、2026年9月現在のイランです。
24.最後に――「イラン」という一語で考えない
今回、イラン・イスラム共和国の内側を調べてみて、私自身の見方も少し変わりました。
これからイランに関するニュースを見るとき、「イランが攻撃した」という一文だけでは判断しないようにしたいと思います。
- 誰が発表したのか。
- 誰が決定したのか。
- 誰が実行したのか。
そして、その行動によって利益を得るのは誰なのか。
そこまで見なければ、現在のイランは理解できないからです。
ペゼシュキアン政権があります。
最高指導者がいます。
IRGCがあります。
正規軍があります。
宗教・政治エリートがいます。
その内部には、戦争の終結条件について異なる考えを持つ人々がいます。
そして、そのすべての下で、インフレと戦争に耐えている約9,000万人の国民がいます。
外から見ると一つの「イラン」です。
しかし内側へ入ってみると、それは複数の権力、利害、思想、恐怖、そして生存戦略が重なった巨大な政治システムでした。
だから私は、現在のイラン情勢で最も注意して見るべきものは、次のミサイルがどこへ飛ぶのかだけではないと思います。
次の命令を、誰が出すのか。
そして、
その命令に、誰が従うのか。
ここに、イラン・イスラム共和国のこれからを読み解く鍵があるのではないでしょうか。
そして私は、ここでこの問題の観察を終えるつもりはありません。
戦争は、いつか終わらせなければなりません。
しかし「停戦すべきだ」と訴えるだけでは、戦争は終わりません。
そしてイランだけでなく、米国、イスラエル、湾岸諸国、さらには周辺の武装勢力まで含めて、何を保証すれば再び武器を取らずに済むのか。
今回調べたイランの内部構造は、その答えを考えるための出発点でもあります。
もうしばらく、私はこの戦争とイラン内部の動きを追ってみたいと思います。
そして情勢がもう少し見えてきたときには、次は一歩踏み込んで、「この戦争を終わらせるには、何が必要なのか」を考えてみたいと思います。
理想論としてではなく、実際に戦争を止めることのできる道筋として。



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