2026年9月17日現在、イランをめぐる戦争は、いまだ終結していません。
しかし、この戦争を考えるためには、時計の針を少し戻す必要があります。
なぜなら、現在起きている事態につながる危険性について、イスラエルの情報・安全保障機関を率いた人々自身が、かなり以前から警告していたからです。
その代表的な人物が、2002年から2011年までイスラエルの対外情報機関モサドを率いたメイル・ダガン元長官です。
ダガン氏は、決してイランの核開発に寛容な人物ではありませんでした。
むしろモサド長官として、イランによる核兵器獲得を阻止することを最重要課題の一つとしてきた人物です。
そのダガン氏が退任後、イランへの軍事攻撃に公然と反対しました。
2012年、米CBSのインタビューでダガン氏は、戦争について極めて重要な警告を残しています。
「戦争は、どう始まるかは分かる。しかし、どう終わるかは分からない。」
しかし、重要なのはここからです。
対イラン軍事攻撃に慎重だったのは、ダガン氏一人ではありませんでした。
当時のイスラエルでは、モサドだけでなく、国内治安機関シンベト、さらにイスラエル国防軍の最高幹部からも、対イラン攻撃に対する強い慎重論が出ていました。
ダガン氏と並んで重要なのが、2005年から2011年までシンベト長官を務めたユヴァル・ディスキン氏です。
ディスキン氏も、イランの核開発そのものを容認していたわけではありません。
問題にしたのは、軍事攻撃によって本当に核問題を解決できるのかという点でした。
イスラエルが核施設を攻撃したとしても、それによってイランが核兵器を持つ可能性そのものを消滅させられるとは限らない。むしろ攻撃によってイランが核開発を加速させる危険すらある――そうした懸念を公然と示していました。
さらに、当時イスラエル国防軍(IDF)参謀総長を務めていたガビ・アシュケナジ氏も、即時の軍事攻撃には慎重でした。
アシュケナジ氏は軍事的選択肢そのものを否定していたわけではありません。
しかし、制裁や外交的圧力など、軍事攻撃以外の手段を尽くす時間はまだ残されているとの立場を示していました。
ここには重要な共通点があります。
ダガン、ディスキン、アシュケナジの三氏とも、イランの核問題を軽視していたわけではありません。
むしろ、イランの核武装を阻止する必要性については認識を共有していました。
違っていたのは、その目的を達成するために「戦争」という手段が本当に有効なのかという判断でした。
そして当時、この違いは単なる公開討論では終わっていませんでした。
イスラエルの報道によれば、ベンヤミン・ネタニヤフ首相とエフード・バラク国防相が対イラン軍事行動を検討していた際、当時のモサド長官ダガン氏、シンベト長官ディスキン氏、IDF参謀総長アシュケナジ氏という、イスラエル安全保障機構のトップ3人がそろって反対した局面がありました。
つまり、これは後世の研究者が結果を見て語っている話ではありません。
実際に対イラン攻撃が政治的選択肢として検討されていた、その意思決定の現場で発せられていた警告だったのです。
さらに、元モサド長官エフライム・ハレヴィ氏など、ほかのイスラエル情報・安全保障関係者からも軍事攻撃への慎重論が出ていました。
彼らが恐れていたのは、単にイスラエル軍が作戦に失敗することではありませんでした。
イランの核施設は広い国土に分散しています。
施設を破壊しても、技術者の知識まで破壊することはできません。
核開発を一時的に遅らせることはできても、恒久的に消滅させられるとは限りません。
さらに外国から攻撃されれば、イラン国内で政府に批判的だった人々まで「国家防衛」の名の下に結束する可能性があります。
攻撃によって核開発を止めるつもりが、逆にイラン側へ「核抑止力が必要だ」という政治的理由を与えてしまう危険もあります。
そして、報復が始まれば戦争はイスラエルとイランだけにとどまらず、中東全体へ拡大する可能性があります。
だからこそダガン氏は、「どう始めるか」だけではなく、「どう終わるのか」を問題にしたのでしょう。
それから13年後。
2025年6月13日、イスラエルはイランへの大規模な先制攻撃に踏み切りました。
核関連施設、ミサイル関連施設、軍事指揮系統などが攻撃対象となり、イランは弾道ミサイルなどによってイスラエルへ報復しました。
さらに6月22日には米軍自身がイランの核施設を攻撃しました。
激しい攻撃と報復の応酬を経て、6月24日、12日間続いた戦闘はいったん停止しました。
後に「12日間戦争」と呼ばれる戦いです。
確かに軍事的な成果はありました。
しかし、ここで軍事的な「成果」と政治的な「解決」を混同してはなりません。
核施設を破壊することと、核問題を解決することは同じではありません。
ミサイル能力を破壊することと、イスラエルの長期的な安全を確立することも同じではありません。
軍や治安機関の指揮官を排除することと、イランという国家の政策を変えることも同じではありません。
そして何より…
軍事作戦を開始できることと、その戦争を望む条件で終わらせられることは、まったく別の問題です。
12日間戦争が終わった時点で、本来検証されるべきだったのは、この点だったのではないかと考えます。
- 軍事的には何を達成したのか。
- その軍事的成果によって、政治的には何を解決できたのか。
- そして、戦争を再び始めた場合、その戦争をどのような条件で終わらせるのか。
- 結果として、イランの核問題は終わりませんでした。
- イランとイスラエルの対立も終わりませんでした。
- そして2026年、戦争は再び始まりました。
ここで改めて考える必要があります。
12日間戦争から得るべき教訓が存在しなかったのか?ということです。
それ以前から、イスラエルの情報機関、治安機関、軍の最高幹部たちは、軍事攻撃によって生じる危険について警告していました。
12日間戦争そのものからも、軍事力によってできることと、できないことを検証する材料は十分にあったはずです。
問題は、そうした軍事・情報上の警告と教訓が、その後の政治的意思決定にどこまで反映されたのかということだと思います。
「軍事的に何ができるか」と、「軍事力によって政治目的を達成できるか」は別の問題です。
そして2026年9月現在、その問いに対する答えを探している間にも、戦争は続いています。
ならば、いま考えるべきなのは「次に何を攻撃するのか」ではないはずです。
この戦争を、どう終わらせるのか。
本稿では、そこから考えていきたいと思いす。
軍事力だけで、この戦争を終わらせることはできるのか
ここからは、現在進行している個々の戦闘を追いかけるのではなく、もう少し大きな視点から考えてみたいと思います。
米国とイスラエルには、イラン国内の軍事施設を攻撃する能力があります。
核関連施設を破壊し、ミサイル発射設備や防空システムを攻撃し、軍事指揮系統に打撃を与えることもできます。
実際、2025年の12日間戦争と2026年に始まった戦争では、こうした能力が繰り返し示されてきました。
しかし、空から攻撃を続けることによってイランの軍事能力を削ることと、イランという国家に戦争終結の条件を受け入れさせることは同じではありません。
ここに、現在の戦争が抱えている大きな問題があります。
国家を屈服させるなら、何が必要なのか
仮に米国とイスラエルが目指しているものが、イランの核・ミサイル能力を一定期間低下させることなのであれば、航空攻撃を中心とした作戦にも軍事的な意味はあります。
しかし、目的がさらに先にあるとすれば話は変わります。
イラン政府を屈服させ、米国やイスラエルが求める条件を強制的に受け入れさせる。
あるいは現在の統治体制そのものを崩壊させ、新しい政治秩序を作る。
そこまでを軍事力だけで達成しようとするなら、空爆だけでは難しいと考えざるを得ません。
最終的に領土を占領し、主要都市や政府機関を確保し、軍・革命防衛隊などの組織的抵抗を排除し、新たな統治秩序を維持するのであれば、大規模な地上戦力が必要になります。
しかも、イランは小さな国ではありません。
広大な国土と約9,000万人の人口を抱え、山岳地帯も多く存在します。
仮に正規軍を軍事的に敗北させることができたとしても、それだけで戦争が終わる保証はありません。
革命防衛隊や民兵組織などが抵抗を続ければ、正規戦の後に長期間の治安戦や反乱鎮圧が必要になる可能性があります。
つまり問題は、「イランへ侵攻できるか」だけではありません。
侵攻した後、誰がイランを統治するのか。
そのために、どれだけの兵力と時間と費用を投入するのか。
そして、米国社会は、その負担を引き受けることが可能なのか。
ここまで考えて初めて、「軍事的にイランを屈服させる」という選択肢の全体像が見えてきます。
イラクとアフガニスタンから何を学ぶのか
米国には、すでに大きな経験があります。
2001年のアフガニスタン戦争でも、2003年のイラク戦争でも、米軍は比較的短期間で相手国の既存政権を軍事的に崩壊させました。
しかし、政権を倒すことと、その後に安定した国家を作ることは別の問題でした。
正規戦が終わった後も戦闘は続き、米国は長期間にわたって軍事的、政治的、財政的負担を背負うことになりました。
イランで同じことを試みた場合、その規模はさらに大きくなる可能性があります。
ですから、大規模な地上軍を投入してイランそのものを占領するという選択肢を、簡単に現実的なものとして扱うことはできません。
では、その選択肢を取らないのであれば、どうなるのでしょうか。
空爆を続ければ、戦争を終わらせることができるのか
もちろん、軍事的圧力によって相手側を交渉へ向かわせることはあります。
軍事施設を破壊し続け、経済的負担を増大させ、戦争継続能力を低下させれば、イラン政府が妥協を選択する可能性もあります。
反対に、イランによるミサイル・ドローン攻撃、ホルムズ海峡をめぐる緊張、地域の武装勢力による攻撃などが米国やイスラエル側の負担を増大させ、そちら側に妥協を促す可能性もあります。
しかし、それは「軍事的勝利」というより、双方が戦争継続の代償を受け入れられなくなった結果として生まれる政治的妥協です。
ここを明確に区別する必要があると思います。
どちらか一方が完全に屈服するまで戦うのであれば、戦争はさらに長期化するでしょう。
一方、大規模な地上戦による国家占領まで行わないのであれば、最終的には交渉の席に戻らなければなりません。
そこで本稿では、現時点で一つの暫定的な結論を置きたいと思います。
米国とイスラエルが、大規模な地上軍を投入してイランを軍事的に屈服させるという選択をしないのであれば、この戦争を終結させる現実的な方法は、双方が何らかの条件を譲り合う政治的妥協以外には見いだしにくいのではないかということです。
これは、どちらが正しいのかという話ではありません。
戦争を実際に終わらせるために、何が必要なのかという問題です。
そして2026年9月16日、トランプ大統領自身が戦争終結へ近づいていることへの期待を表明し、イランについても合意に前向きだとの認識を示しています。
中国も同日、米国とイラン双方に自制と交渉再開を求めました。
つまり、外交への入口そのものが完全に消滅しているわけではありません。
問題は、その交渉を誰に任せるのかです。
戦争を続けてきた米国とイランが、自ら大幅に要求を引き下げ、相手の要求を受け入れることだけに期待してよいのだろうか。
本稿では、そこにも限界があると考えています。
必要なのは、「どちらが先に折れるのか」を待つことではないと思います。
双方が受け入れることのできる妥協点を、戦争当事国以外も加わって具体的に作ることです。
では、何を妥協点にすればよいのか。
最初に向き合わなければならないのは、米国がこれまで最も強く問題視してきたものの一つです。
イランの核開発です。
ここから、日本が果たせる役割を考えてみたいと思います。
核兵器への道を閉じ、平和利用への道を開く
では、具体的に何を妥協点とすればよいのでしょうか。
最初に向き合わなければならないのは、イランの核問題です。
ここを避けて戦争終結を論じることはできません。
米国やイスラエルがイランの核開発を安全保障上の重大な脅威と捉えてきた以上、この問題を曖昧にしたまま恒久的な停戦へ進むことは難しいでしょう。
一方で、イランに原子力そのものを放棄させることを和平の条件にすることにも無理があります。
そこで本稿では、一つの考え方を提案したいと思います。
それは、イランから原子力技術を取り上げるのではなく、核兵器への道を閉じる一方で、原子力の平和利用への道は開いておくという考え方です。
その一つの参考になるのが日本です。
日本も高度な原子力技術を持っています
日本は核兵器を保有していません。
しかし、原子力発電だけでなく、ウラン濃縮や使用済み核燃料の再処理を含む高度な核燃料サイクル技術を保有しています。
重要なのは、それらを国際的な検証から切り離して運用しているわけではないということです。
日本はNPT(核兵器不拡散条約)の非核兵器国としてIAEAの包括的保障措置を受け入れ、さらに追加議定書を発効させています。
核物質を計量管理し、IAEAによる査察・検証を受け、原子力活動が平和目的から軍事目的へ転用されていないことを国際的に確認できる仕組みの中で原子力を利用してきました。
もちろん、日本とイランをそのまま同じ条件で比較することはできません。
安全保障環境も違います。
周辺国との関係も違います。
これまでIAEAとの間で積み重なってきた問題も異なります。
ですから「日本と同じことをすればよい」という単純な話ではありません。
それでも、日本の経験から一つ重要なことを示すことはできます。
高度な原子力技術を持つことと、核兵器を持つことは同じではないということです。
その二つを分けるために必要なのが、国際的な検証と透明性です。
イランに求めるもの
この考え方をイランとの和平交渉へ応用するのであれば、イラン側にも大きな決断を求めることになります。
核兵器への転用につながる活動を、検証可能な形で制限することです。
核物質の所在と量を明らかにし、IAEAによる十分な査察を受け入れます。
未解決となっている核物質や施設をめぐる疑問についても説明しなければなりません。
高濃縮ウランについても、その保有量、濃縮度、保管方法、国外搬出や希釈を含めた処理方法について国際的な合意が必要になるでしょう。
そして、将来にわたって核兵器へ転用されていないことを確認できる検証体制を構築します。
ここは曖昧にはできません。
しかし、それだけでは交渉にはなりません。
相手に何を要求するのかを考えるのであれば、同時に、
イランは何を得るのか。
という問題にも答える必要があります。
原子力を奪うのではなく、平和利用を保証する
イランが核兵器への道を検証可能な形で閉じるのであれば、国際社会もイランの原子力平和利用まで否定するべきではないと考えます。
- 原子力発電。
- 医療用放射性同位元素。
- がん診断や放射線治療。
- 農業や食品分野への放射線技術の利用。
- 原子力安全。
- 放射性廃棄物管理。
- 研究者や技術者の育成。
こうした分野について、日本やIAEAを含む国際社会が具体的な協力を提示することはできないでしょうか。
これは単なる「見返り」ではありません。
核技術を持つことそのものを敵視するのではなく、軍事利用と平和利用を明確に分離する仕組みを作るということです。
そのうえで、合意の履行状況をIAEAが確認し、それに応じて制裁を段階的に緩和していく方法も考えられます。
イラン側にも、合意を守ることで得られる利益を明確にする必要があります。
最も難しいのはウラン濃縮です
ただし、ここで避けて通れない問題があります。
ウラン濃縮です。
原子力発電などの平和利用と核兵器開発との境界を考えるうえで、極めて重要な技術だからです。
ここについて「日本方式なのだからイランにも濃縮を認めればよい」と単純化することはできません。
日本とイランでは、これまでの保障措置をめぐる経緯も国際的な信頼関係も異なるからです。
したがって、濃縮については和平交渉の中で特別な枠組みを作る必要があります。
- 濃縮度と保有量を厳しく制限する方法。
- 必要な核燃料を国際社会が安定して供給する方法。
- IAEAなどが関与する国際的な燃料供給保証を利用する方法。
- 使用済み燃料を国外へ搬出する方法。
複数の選択肢を組み合わせることも考えられます。
重要なのは、「イランに核技術を持たせるか、すべて奪うか」という二者択一にしないことです。
日本型・非核兵器原子力モデル
本稿では、この考え方を便宜上、「日本型・非核兵器原子力モデル」と呼ぶことにしたいと思います。
もちろん、日本の制度をそのままイランへ移植するという意味ではありません。
日本が歩んできた、高度な原子力技術を利用しながら、核兵器を保有せず、国際的な保障措置によって平和利用を検証するという考え方を、一つの参考モデルとして和平交渉へ応用できないかという提案です。
イランに伝えるメッセージは、極めて単純です。
核兵器への道を閉じてください。
そして、それを国際社会が確認できるようにしてください。
しかし同時に、イラン国民が原子力を平和的に利用する道まで閉ざす必要はありません。
その道を選ぶのであれば、日本には協力できる分野があるのだと思います。
核不拡散だけを要求するのではなく、その先にある平和利用の未来まで一緒に提示する。
それが、日本だからこそ提案できる選択肢の一つではないでしょうか。
ただし、ここで一つ大きな問題も残ります。
イランだけに譲歩を求める和平では、長続きしないであろうことです。
イランに核兵器への道を閉じるという重大な決断を求めるのであれば、中東の安全保障環境そのものについても変化を示す必要があります。
そこで次に向き合わなければならないのが、イスラエルとパレスチナの問題です。
イランだけに譲歩を求めてはならない――パレスチナ問題と入植停止
ここまで、イランの核問題について考えてきました。
核兵器への道を検証可能な形で閉じる一方、原子力の平和利用については国際社会が協力する。
しかし、これだけで中東に安定が訪れるわけではありません。
イランに大きな決断を求めるのであれば、イスラエル側にも和平へ向けた具体的な決断を求める必要があります。
そうでなければ、イラン側から見れば「自分たちだけが安全保障上の手段を手放す」という構図になってしまいます。
そして、イスラエルとイランの対立を考えるとき、その背景からパレスチナ問題を切り離すこともできません。
そこでネット探検ラボでは、戦争終結へ向けた取り決めの一つとして、イスラエルによる占領地での入植活動の停止を提案したいと思います。
入植問題は、単なる領土問題ではありません
ヨルダン川西岸地区と東エルサレムにおけるイスラエルの入植活動について、国際社会では長年にわたり問題が指摘されてきました。
2016年に採択された国連安全保障理事会決議2334は、1967年以来イスラエルが占領しているパレスチナ領域における入植について、法的効力を持たず、国際法に対する重大な違反であり、二国家解決と公正で永続的な和平への重大な障害であるとの立場を示しています。
さらに2024年、国際司法裁判所(ICJ)は勧告的意見で、イスラエルには新たな入植活動を直ちに停止する義務があるとの判断を示しました。
つまり、入植停止を求めることは、イスラエルそのものの存在や安全保障を否定することではありません。
むしろ、イスラエルとパレスチナが将来的に政治的解決へ到達するための領土的な余地を、それ以上失わせないための措置です。
入植地が拡大し、道路や関連インフラが建設され、パレスチナ人居住地域が細分化されていけば、将来パレスチナ国家を作ろうとしても、領土として成立させることそのものが難しくなります。
だからこそ、入植問題は和平の周辺的な問題ではありません。
将来の和平そのものが成立できるのかに関わる問題なのです。
イスラエルの安全保障も無視できません
一方で、イスラエル側の安全保障上の懸念を無視して話を進めることもできません。
2023年10月7日のハマスによる攻撃を経験したイスラエル社会に、安全保障上の不安が存在することは当然考慮しなければなりません。
イランとの対立についても、イスラエルは長年、イランの核開発や弾道ミサイル、イスラエルと敵対する地域の武装組織への支援を安全保障上の脅威としてきました。
したがって、イスラエルに一方的な安全保障上の譲歩を求めればよいという話でもありません。
必要なのは、イスラエルの安全を保障することと、パレスチナ人の土地と将来を保障することを、同じ交渉の中で考えることです。
この二つは、本来どちらか一方を選ばなければならないものではないはずです。
イランに求めるなら、イスラエルにも求める
ここで、前章で提案した「日本型・非核兵器原子力モデル」とつながります。
イランには…
- 核兵器への道を閉じること。
- IAEAによる実効的な査察を受け入れること。
- 核活動の透明性を高めること。
- 地域の安全保障を脅かす行動を抑制すること。
こうした決断を求めます。
その代わり国際社会は、イランの原子力平和利用を認め、制裁解除や経済正常化への道を開きます。
そしてイスラエルにも、和平に向けた具体的な行動を求めます。
その第一歩が、新たな入植活動の停止です。
少なくとも、和平交渉を続けている最中にも入植地が拡大し、交渉対象となる土地そのものの状況が変わり続ける状態は止めなければなりません。
それはイスラエルに国家防衛を放棄させることではありません。
イスラエルという国家の存在を否定することでもありません。
将来の政治的解決を可能にするため、これ以上の既成事実化を止めるということです。
「どちらが悪いのか」から離れる
中東問題を論じると、しばしば議論は「イスラエルとパレスチナのどちらが悪いのか」「イランとイスラエルのどちらが先に攻撃したのか」という話へ向かいます。
もちろん、個々の行為について責任を検証することは必要です。
しかし、戦争を終わらせる方法を考えるのであれば、それだけでは前へ進めません。
必要なのは、誰か一人を完全な敗者にすることではなく…
それぞれが何をやめ、何を保証し、何を得るのかを具体化することです。
- イランは、核兵器への道を閉じます。
- イスラエルは、入植地のさらなる拡大を止めます。
- パレスチナ側には、イスラエル市民への武力攻撃を防ぐ責任を求めます。
- 米国をはじめとする国際社会は、それぞれの履行を検証し、安全保障と経済面で合意を支えます。
一方だけに譲歩を求めるのではなく、それぞれが何かを差し出し、その代わりに何かを得る仕組みにするのです。
入植停止を「入口」にする
もちろん、入植を停止しただけでパレスチナ問題が解決するわけではありません。
- 国境をどこにするのか。
- エルサレムをどう扱うのか。
- パレスチナ難民の問題をどうするのか。
- イスラエルの安全をどのように保証するのか。
- パレスチナ国家をどのような形で成立させるのか。
極めて難しい問題が残されています。
だからこそ、本稿では最初からすべてを解決しようとは考えません。
まず、これ以上状況を悪化させないための行動から始めれば良いと思います。
その具体的な一歩として、入植活動を停止するのです。
止めることができれば、そこから交渉できます。
拡大を続けながら和平を語るよりも、まず現状を固定し、政治的解決のための時間と空間を確保する方が現実的ではないでしょうか。
そして、この考え方はイラン核問題にも共通しています。
核問題を一度に完全解決しようとするのではありません。
核兵器化につながる活動を止め、査察を回復し、その状態を検証します。
パレスチナ問題でも、まず入植拡大を止めます。
最初に「止める」。
そこから交渉を始めるのです。
戦争を終わらせるために必要なのは、壮大な最終合意を最初から完成させることではありません。
まず、これ以上後戻りできなくなる行動を止めることです。
そして、その小さな停止を積み重ねながら、より大きな和平へつなげていく。
では、その交渉を誰が支えるのか。
米国とイランだけに任せるのか。
イスラエルとパレスチナだけで解決できるのか。
ここで、中東から遠く離れながら、この戦争によって直接大きな影響を受けている国々の存在が見えてきます。
日本、中国、インド、韓国。
そしてサウジアラビア、UAE、カタール、クウェート、オマーンなどの湾岸諸国です。
立場も政治体制も安全保障政策も異なります。
しかし、一つだけ非常に大きな共通利益があります。
中東から安定してエネルギーが運ばれることです。
次に、ホルムズ海峡から戦争終結を考えてみたいと思います。
ホルムズ海峡を「共通利益」に変える――対立する国々を同じテーブルへ
イランの核問題。
イスラエルとパレスチナの問題。
どちらも簡単に解決できる問題ではありません。
だからこそ、もう一つ別の方向から戦争終結への入口を探してみたいと思います。
それがホルムズ海峡です。
ホルムズ海峡を必要としているのは誰なのか
ホルムズ海峡は、中東だけの海峡ではありません。
戦争が始まる前年の2025年には、原油や石油製品を合わせて日量約2,000万バレルがこの海峡を通過していました。
世界の海上石油貿易のおよそ4分の1に相当します。
しかも、その約8割はアジアへ向かっていました。
中国、インド、日本、韓国を始めとしたアジア諸国。
政治体制も外交政策も安全保障政策も大きく異なる国々ですが、いずれも中東から安定してエネルギーが運ばれることによって経済を支えています。
特に日本にとって、中東からの原油供給は極めて重要です。
しかし、ホルムズ海峡を必要としているのは輸入国だけではありません。
原油や天然ガスを輸出する湾岸諸国にとっても、この海峡は重要な生命線です。
イラン、イラク、クウェート、カタール、UAE、ウジアラビア。
立場はそれぞれ違いますが、エネルギーを安定して輸出できなければ国家経済そのものが大きな打撃を受けます。
つまり、ここには一つの興味深い構図があります。
石油や天然ガスを買いたい国と、売りたい国の利益は、本来一致しているはずです。
戦争が、それを遮断しています。
中国とも協力できる分野があります
日本と中国の間には、安全保障上の深刻な問題があります。
東シナ海、台湾海峡、軍事活動。
さまざまな問題で両国の立場は異なります。
しかし、だからといって、すべての問題で対立しなければならないわけではありません。
中国も大量の中東産原油を必要としています。
そして現在、中国政府自身が米国とイランに自制と交渉再開を求め、ホルムズ海峡の正常で安全な航行を早期に回復させる必要性を訴えています。
ここには、日本と中国が共有できる利益があります。
ホルムズ海峡を戦場にしないことです。
対立している国同士でも、共通利益について協力することはできます。
むしろ、それが本来の外交なのだと思います。
エネルギーを必要とする国と、輸出する国を集める。
そこで本稿では、もう一つ提案したいと思います。
仮に、「ホルムズ海峡・エネルギー安全保障対話」と呼ぶことにします。
日本、中国、インド、韓国などの主要なエネルギー輸入国。
そしてサウジアラビア、UAE、カタール、クウェート、オマーン、イラク、イランなどの産油国。
さらにIMO(国際海事機関)などの国際機関にも加わってもらいます。
最初から戦争そのものを終わらせる会議にする必要はありません。
もっと狭い問題から始めればよいのです。
- 民間船舶を攻撃しない。
- エネルギー輸送を戦争の手段にしない。
- ホルムズ海峡の自由で安全な航行を回復する。
まず、この三つだけを話し合います。
米国とイランが核問題で合意できなくても構いません。
イスラエルとパレスチナの問題が解決していなくても構いません。
中国と米国が安全保障問題で対立していても構いません。
それらとは切り離して、世界経済を支える海上交通だけは守る。
そのための合意を先に作るのです。
実は、日本政府も同じ方向を示しています
これは全く根拠のない構想ではありません。
2026年9月8日、茂木敏充外相はイランのアッバス・アラグチ外相との電話会談で、ホルムズ海峡における自由で安全な航行を早期に回復するよう求めました。
そのうえで日本政府は、ホルムズ海峡の将来について、沿岸国だけで決めるのではなく、海峡を利用する国々やIMOを含む国際社会全体で、国際法に従って議論することが重要だとの立場を示しています。
これは非常に重要な考え方だと思います。
ホルムズ海峡はイランだけの問題でも、米国だけの問題でもありません。
世界中の国々が利用しています。
ならば、その安全について世界が話し合うことにも合理性があります。
戦争終結を一つの巨大な交渉にしない
ここまで考えると、戦争終結への道筋も少し違って見えてきます。
最初からすべてを一つの和平協定で解決しようとすれば、交渉項目が多すぎます。
核問題、制裁、弾道ミサイル、イスラエルの安全保障、パレスチナ問題、入植地、ホルムズ海峡、地域の武装勢力。
これらをすべて同時に解決しようとすれば、一つの問題で対立しただけで交渉全体が止まってしまいます。
ならば、問題を分ければよいのでないかと考えます。
- ホルムズ海峡では、安全航行を回復します。
- 核問題では、IAEAによる査察を回復します。
- イランには、核兵器への道を閉じる決断を求めます。
- イスラエルには、入植活動を停止する決断を求めます。
- 米国には、合意の履行に応じた制裁緩和を求めます。
そして、それぞれの合意を別々に動かしながら、最終的に一つの地域的な和平へ近づけていくのです。
「止める」ことから始める
ここまでの提案には、共通する考え方があります。
すべてを一度に解決しようとしないことです。
- まず、核兵器化につながる活動を止めます。
- 入植地の拡大を止めます。
- 民間船舶への攻撃を止めます。
- 海峡を戦争の道具として利用することを止めます。
- そして可能であれば、相互攻撃そのものを限定的に停止します。
最初に止める。
その状態を国際社会が確認します。
次に交渉します。
合意が履行されれば、さらに次の段階へ進みます。
一つずつ階段を上るかたちです。
壮大な中東和平構想を発表しても、それだけで戦争が終わるわけではありません。
必要なのは、戦争当事国が「ここまでなら譲れる」と判断できる小さな合意を積み重ねることではないかと考えます。
そして、この方法なら日本にも役割があります。
- 日本は中東に領土的野心を持つ国ではありません。
- 同時に、中東から大量のエネルギーを輸入する当事国でもあります。
- 米国との同盟関係を持ちながら、イランとの外交関係も維持しています。
- 中国やインド、湾岸諸国とも対話できます。
だからこそ日本は、自ら和平を決める国になるのではなく、異なる立場の国々が話し合う「場所」を作る国を目指すことができるのではないでしょうか。
戦争を終わらせるのは、最終的には戦争をしている当事者です。
しかし、その当事者だけでは出口を見つけられないのであれば、外から出口を作る手助けをする国が必要です。
そして日本には、もう一つ、この問題から逃げることのできない理由があります。
それはエネルギーではありません。
核兵器です。
最後に――日本だからできること、日本が果たすべきこと
ここまで、イランをめぐる戦争をどう終わらせることができるのかを考えてきました。
もちろん、本稿で示した提案だけで、複雑に絡み合った中東の問題を解決できるとは考えていません。
しかし、戦争が現在進行形で続いているからこそ、いま必要なのは完成された「最終解決案」を待つことではなく、実際に戦闘を止めるための入口を作ることではないでしょうか。
そのために必要なのは、戦争当事国だけに妥協を期待することではないと考えます。
第三国や国際機関が間に入り、それぞれが受け入れられる条件を組み合わせ、交渉を前へ動かす必要があります。
では、日本は何ができるのでしょうか。
日本は「場所」を作れないか
日本が米国に命令することはできません。
イランに命令することも、イスラエルに命令することもできません。
しかし、命令できないことと、何もできないことは同じではありません。
日本は米国の同盟国でありながら、イランとの外交関係も維持しています。
湾岸諸国とも長い関係があります。
中国やインドとも対話できます。
そして中東から大量のエネルギーを輸入している当事国でもあります。
ならば日本は、和平を決める国ではなく、和平について話す「場所」を作る国を目指すことができるのではないかと考えます。
東京でなくても構いません。
オマーンと協力してもよいでしょう。
核問題ではIAEA、ホルムズ海峡ではIMOなど、国際機関と役割を分担することもできます。
日本がすべてを解決する必要はありません。
対立する国々の間に一本でも多く対話の回線を作り、それを切らさないことが重要です。
日本には、もう一つの理由があります
しかし、日本がこの問題に関わる理由は、エネルギー安全保障や外交上の利益だけではないと考えます。
日本は、戦争で核兵器が使用された唯一の被爆国です。
広島と長崎で、核兵器が人間と都市に何をもたらすのかを経験しました。
その一方で戦後の日本は、核兵器を保有せず、原子力を平和目的で利用する道を歩んできました。
だからこそ、日本からイランへ伝えられる言葉があります。
核兵器への道を閉じてください。
そのことを、国際社会が確認できるようにしてください。
しかし、
原子力を平和的に利用する道まで閉じる必要はありません。
その道を選ぶのであれば、日本には協力できることがあります。
そして、核問題だけを解決して終わりではありません。
イスラエルにも、パレスチナにも、それぞれが未来へ進むための決断が必要です。
イランには、核兵器を必要としない安全保障を。
イスラエルには、恒常的な戦争に依存しなくてもよい安全保障を。
パレスチナ人には、自決と将来への展望を。
湾岸諸国には、安定してエネルギーを輸出できる環境を。
そして世界には、ホルムズ海峡を含む安定したエネルギー供給を。
一度にすべてを実現することはできないでしょう。
それでも、一つずつ始めることはできると思います。
戦争を始める議論から、戦争を終わらせる議論へ
この記事の冒頭で紹介した、元モサド長官メイル・ダガン氏の警告に戻ります。
戦争は、どう始まるかは分かります。
しかし、どう終わるかは分かりません。
それから十数年が経ち、その言葉を過去の警告として読み流すことのできない状況が現実となっています。
だからこそ、いま必要なのは次の攻撃目標を探すことではありません。
戦争を終わらせるための条件を探すことです。
日本がそのすべてを作れるとは思いません。
しかし、日本だから埋められる小さな隙間はあるはずです。
戦争で核兵器が使用された唯一の被爆国である日本には、その経験を過去の記憶として語るだけではなく、次の核兵器使用を防ぐための外交へ変えていく使命があるのではないでしょうか。
戦争を終わらせるために、日本にできることがあるはずです。
いまこそ、その一歩を踏み出すときだと考えます。


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