サイバー人間学(Cyber-Anthropology)

サイバーセキュリティー

私は、サイバー犯罪がなくなるとは考えていません。

だから私は、「なくすこと」ではなく、「強くなること』を考えたいと思います。

だからこそ、私は攻撃者を英雄視することも、悪魔視することもありません。
彼らもまた、人間です。
高度な技術を生み出し、それを悪用する人間。
高度な技術を守ろうとする人間。
その技術に翻弄される人間。
サイバー空間はコンピュータだけでできた世界ではありません。
そこには必ず人がいます。
私は、その人間を見続けます。

私が「人間」を見続ける理由

私は61歳です。

社会人として歩み始めた頃、日本の企業には、戦後の復興と高度経済成長を支えた世代の経営者が多くいました。

彼らは、日本という国を豊かにするためには、高い技術力が必要だと本気で信じ、その実現に向けて挑戦し続けていました。

しかし、私の記憶に強く残っているのは、その技術力だけではありません。

厳しく、時には怖い存在でしたが、人を育て、人を守り、人に責任を持つという姿勢がありました。

技術の中心には、いつも人間がいました。

一方で、現在の社会はどうでしょうか。

「失われた30年」という表現が広く使われています。

私は、その背景の一つに、技術を追い求める一方で、その技術を生み出し、使い、支える”「人間」への関心が少しずつ薄れてきたこと”もあるのではないかと感じています。

もちろん、私は技術そのものを否定するつもりはありません。

むしろ、これからの社会に技術は欠かすことのできない存在です。

しかし、その一方で、技術だけが語られ、その向こうにいる人間への関心が薄れているように感じることがあります。

サイバー空間も同じです。

高度な技術の向こうには、必ず人がいます。

攻撃する人。

防御する人。

判断する人。

そして、被害を受ける人。

だから私は、技術だけではなく、その向こうにいる人間を見続けたいと思います。

それが、ネット探検ラボの原点です。

私は技術を学び続けます。

しかし、その技術を生み出し、使い、悪用し、そして守る「人間」を、私はこれからも見続けます。

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